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別のブログはこんな感じにしたい 【過去記事】
- 2010/2/25
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黒日記に書いた別のブログは本当に作るつもり、もちろんリンクは貼らないですね、、どこに作るかはわかりません
そのブログには私のこれまでの人生についてを綴るつもりなんです、もちろん悪夢のような結婚生活についても
そしてどうして恋愛する事が出来なくなったのかについてもです、私が恋愛を出来なくなったのは大分前にあった
大恋愛が元だったんですけどね、、その大恋愛をした事であれ以上の気持ちになれなくなってしまったというわけです。
思いだしたら「あぁ 本当に好きだったんだなぁ」と思ってしまう。 結果が違っていたら私は幸せだったかな?とかw
おとめチックな事考えたりしますね、まwもしも結婚していたら別の意味ですごい人生だったのでは?と思いますがw
それでも今よりはずーーっと幸せに暮らしていたのではないかなと思います。 恋愛ってそういうものですよねw
ほんの少しだけその大恋愛についてを書くと、彼は私よりも7歳年上の男性でした。
私は地元の千葉に住んでいて、もちろん一人で生活をしていたんです(^^) リッチでしたよw
その頃の私は深夜の仕事をしていて、ひと月のお給料が40万を超えていました。 ちょっとだけリッチでしょ?w
彼と知り合ったのはある場所なんですけどね、日本の人ではなくてイランの人だったんですよね、、
最初はイラン人=イスラム教=人殺しという構図が出来ていて、とても怖い存在だったのを覚えています。
でも話をするようになると普通の人でした、徐々に仲良くなっていってお付き合いをするようになったんですねぇ
日本人とは違って婚前交渉はしませんね、結婚してからという決まりなのだそうで、デートしても話をするとか
一緒に食事をするとかそういうデートでした、純情とかじゃなくてお国の決まりなのだそうです。
私は彼をとても好きでした、たまに彼が実家に電話する時についていくのですが、電話口でよく泣いていたのを覚えています
家族に会いたいんですね、、私は慰める事も出来なくてただそばで黙っていました。
私は少しでも彼と会話が出来るようにとイランの言葉であるペルシア語を勉強したりしていました。 けなげでしたねw
ある日の事、スウェーデンで暮らしている長男のところへ電話をした時の事です、「アルシー」という言葉を耳にました。
ペルシア語で「アルシー」は結婚という意味なのです、私はひょっとしたら彼には婚約した人がいるのかな?と思いました。
そこで電話を切った後で「結婚する人がいたの?」と聞いたのです。
すると驚いた表情をした彼が、「なに?どうして言葉知ってるの?」と言いました。 当然ですよね~w
「勉強したんだよ」と告げるととっても嬉しそうな顔をしています、その後すぐイランのお父さんの家に電話をしました。
そこで彼はお父さんに話をして、私に電話を変わると言いました、初めて彼の家族と会話をする事になりました。
もちろん言葉はわかりませんので知っている言葉で挨拶をしましたw すると彼はとても嬉しそうにしています。
どうしてかな?と思ったら、家族に「自分の奥さんになる人だよ」と言ったんだそうです。
お兄さんに言った 結婚というのはお兄さんに「彼女と結婚しないのならお付き合いしたらいけません」と言われ
「結婚するよ!」と言ったんだそうです、私は凄く嬉しくてこの人についていきたいと思ったのですw
彼のお父さんに送っていた仕送りは全て貯蓄をしているのだそうで、その貯金の中から彼がお父さんに頼んで
自分たちの暮らす家を建てて欲しいと伝え、大きな広い土地をテヘランに買い、そこに家を建ててくれたそうです。
そして家族皆が早くおいでと電話で言ってくれていました。 とっても幸せだった。
家も建てられて向こうの家族は私たちに早くイランに戻っておいでと言ってくれます。
ところが、、当時イランと言う国の大統領はラフサンジャニという大統領で、外国人との結婚を許してはくれません
皆は私たちが結婚出来るようにとあらゆる国の友達に連絡をしてくれて、結婚の道を探してくれました。
でもどうしても見つける事が出来なかった・・・その内に彼のお母さんが倒れたという連絡が入ったんですね。
彼はそれこそ号泣していました、私は家に帰りたいだろうなと思い、彼に「家に帰って」と言いました。
すると彼は泣きながら 「貴方どうするの? 今私の国に行けないのに、貴方を置いてゆくの?」と・・・・
すごく悲しかったけど、親の死に目に会えないのはもっと可哀そうだし、愛する人が悲しむのを見たくなかった
だから私は「大丈夫!生きていればまたいつか会えるよ! その代り私も早く良い人見つける」と言ったのです。
でも身を引き裂かれる思いでした、もう死んでもいいって思った。 あんな恋愛はもう2度と出来ないと思った。
それ以降は恋愛が出来なくなってしまったというわけです、、本気でその人を愛するという事が難しい。
私の恋愛の感情は彼との恋愛が壊れた時に消えてしまったんだなと今は思いますね。
その事をまだ存命だった祖母に話した時、祖母は私にこう言いました。
「たくさん愛せて良かったね、女の人はね、愛されるよりも愛した方が幸せなんだよ」ってw
明治生まれだった私の祖母に言われたのが嬉しくて、泣いてしまいましたが本当だなと思います。
女の人は 愛されるよりもその人を全力で愛せる方が幸せになれる! 祖母の名言だなと思っています。
でも、、それ以降に出会った人全てに共通するのですが、彼ほど命をかけてもいいと思える相手はいませんね・・・
ていうか・・・それ以来一人もいません、、もちろん前の旦那さんも含んでいますけど、、やっぱり結婚するべきじゃ
無かったのかなぁ・・・と今は思いますね、、、なので愛していない人とは結婚したらいけませんと言ったのですw
本気で死ぬほど愛した人なら犠牲とは思いません、それが本望なんですけどねw
それほど真剣じゃないのに尽くさせられると、犠牲になったと思ってしまうものなのだなと自分で思ったものですからw
まだ本気で愛した彼とのお話はたくさんあるんです、それも別のブログで書くつもりですw
今は何をしているんだろうなw 私にたくさん愛をくれたあの人はきっと今は家族に囲まれて
幸せに暮らしている事でしょうw 彼の幸せだけは本気で願います、イランに平和が訪れますようにw
私は今でも貴方の事だけは愛していますよ あなたほどの人はやっぱりいませんでした。 さすがですw
愛をいっぱいくれてありがとう、優しさをくれてありがとう、あなたの優しさと愛情があったから私は耐えたと思います。
心からありがとうございました。
皆様 本気の恋愛しましょうね! 本気で愛していない人と結婚すると苦労しますよ! それではまた!