座間市の身元不明者の判明とマスコミのモラルの問題について

  • 2017/11/7
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おはようございます。今日も高知県はとっても良いお天気で、朝日が山の頂から出てきた時の放射状の光に、神々しさと冬の澄んだ空気を感じました。

そして今日も朝から元気いっぱいに学校のスクールバスに娘は乗っていきました。いってらっしゃいと手を振ると、にこやかに反応してくれるのがとてもうれしいこの頃です。

さて、ニュースでは座間市の事件の事でもちきりですが、ネット情報ではほとんどの被害者の方の名前が判明しているとの事で、被害者の方もご遺族の方も安堵と悲しみという複雑な思いでいらっしゃる事でしょう。

ご冥福とお見舞いを申し上げます。

座間市の事件の身元判明に伴うニュースについて

Alexas_Fotos / Pixabay

ところで、このニュースで不思議だなと思った事があります。それは被害者の名前や顔写真が出ている事です。事件の内容が内容だけに写真や名前などを出す必要があるのかという点。

もちろん国民に知る権利があるのは事実ですし、報道にも自由があるというのはわかりますけれど、事件の内容があまりにも残虐なのと被害者の方々の状態が状態なだけに、全てを出すのはどうかなという反応が多いのは言うまでもありません。

もしも自分の身内だったら顔写真や名前まで出されて普通でいられるでしょうか? もしもテレビ関係者の方ならどうだったかな? なんて思ってしまうのです。

それでなくても毎日のニュースで異常性が報道されていますから、自分の身内がそんな手口で命を奪われたというのは耐えがたい苦痛なのではないかと思うのですね。

残虐性だけではなくご遺族への疑問も感じるから

rawpixel / Pixabay

それともう一つの問題点は、家族にも悩みを打ち明けなかったという事実があるため、ご近所からは同情の声もあるでしょうけれど、家族にも相談できなかったなんてどういう家族なの? という疑問を感じる方もいると思うからです。

死にたいと思うほど悩んでいたのに、その悩みや変化に気づく事ができなかったというのも問題視されるでしょう。でも実際に気づく人もいれば気づかないケースもあるのも事実。

いつも一緒にいる人ほど変化に気づきにくかったりするものですが、世間の人の目というのは意外とその事に気づかない事もあると思うのです。例えば私の家もそうでした。

親は自分の事しか考えていない人でしたから(今でも)子供の不幸を笑うような人に子供が変だなんて気づきもしないでしょう。もちろんうちだけなのかもしれませんけれど……。

なのでこの事件の場合も被害者の名前と写真を掲載しなくていいのでは? と思うのです。それぞれのご家庭にはそれぞれの事情があるでしょうしね。

私の実母は異常な性格をしている!

我が家の話をすると、今朝は娘を送っていくのに母もついてくるのですが、車内では色々なお話をするのが日課になっています。

今朝の会話ではやっぱりこのニュースの話になりました。母にとっては理解できないようでしたが、私は自殺したい人の気持ちがすごくわかります。

なぜならば私は重度のうつ病を患った経験があり、その時は死ぬことばかりを考えていたからです。でも本当に死にたいと思う人は人に頼んだりしないでしょう。

ひっそりと自分ひとりで死んでいくと思います。その経緯もおそらく同じなのではないかなと思うのですが、死ぬまでにかなり時間がかかると思うのですね。

死のうかなと思って死ぬ場所を探しても、最初の内は死にきれないもの! 怖くなったり家族の事を考えたりして何度も死のうかやめようかを考えます。

何度かそういう事を繰り返して最終的に戻ってこない、探してみたら亡くなっていたというケースがとても多いです。私もそうでした。

これを母に話すと「おらにはそんなの理解できない」と言うではありませんか。そりゃそうです。母は生まれた時から自分の事ばかり考えてきたからです。

私の生い立ちと現在までの人生

朝から気分悪くなるかもしれないので、暗い話を見たくない人はスルーしていただいてOKです!

私は三人姉妹の次女として生まれて我が家は当時貧乏だったようでした。母は一番最初の姉をとても可愛がりました。二番目の私はあまり可愛くなかったのでしょう。

三番目が生まれると最後の子供だったからか、やはりとても可愛がって育てていました。姉は最初の子、妹は最後の子だったので幼稚園にも頑張って通わせてあげました。

でも私は貧乏を理由に幼稚園にも行きませんでした。小学生になった頃には字も書けず何もできない状態で通ったのですが、子供ながらも差別されていたのは感じていました。

服はお下がり、おやつもほとんど与えられた事はありませんし、母の料理がマズすぎて私は栄養失調そのものの状態で育ちました。

怪我をしても病気をしても唾つけときゃ治る! という人だったので、私は粉砕骨折をしていても病院に連れて行ってもらえず、現在も粉砕骨折したまま生活をしています。

私は病弱でしたが心配するのではなく「貧乏神」とか「病気ったかり」とか言われて育ちました。気に入らなきゃ殴る蹴るを繰り返されて育ちました。

そんな母だったので私は17歳で家を飛び出し、自分ひとりで頑張って生きてきましたが、人を信じる事ができないのと母を見て育ったせいか、常識に欠ける人格になっていたようです。

それでも私を注意してくれた社長さんとか、友人のおかげで今では普通なのかな? という程度まで成長もできました。そんな私のところに母がやってきたのです。

母の性格は全く変わっておらずよりひどくなっていました

kellepics / Pixabay

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我が家に来るきっかけとなったのは、妹と暮らしていた時の事がきっかけです。妹は結婚をして子供もいましたが、婿が気に入らなかった母は「私が子供の面倒を見るから働いたら? 離婚して戻っておいで」と言ったのです。

妹は離婚をして実家に戻りました。でも母が目当てだったのは妹が働いたお金……。子育てなんて私たちの子供の頃よりひどいものでした。やはり気に入らなきゃ怒鳴ったり叩いたりしていたようです。

学校に通うようになると家に友達が来ると文句を言い、学校が休みだと文句を言うような状態だったのですが、ある時妹の子供が学校でちょっとした事があって、不登校になった事があったようなのです。

その時に朝無理やり学校へ行けと送り出したのがきっかけでした。妹の子供は泣きながら「ばあちゃんに家を追い出された」と言ったらしく、それが妹の逆鱗に触れました。

姉に電話をして「お母さんを引き取ってくれ」と言ったのです。姉も結婚していて近所に家を建ててそこで生活をしていましたが、母を迎えに行ったようでした。

母は嫌がりましたが妹がマジ切れしていると知って出ていく事を決意したようです。この時姉は「自分の家に来たら大丈夫だろう」と思っていたそうです。

姉の家に行っても母は変わらなかった

DasWortgewand / Pixabay

姉としては妹と一緒にいるからで、自分のところに来れば大人しくなるだろうと思っていたようでしたが、母の性格はそんな事では治ったりしませんでした。

やはり姉の旦那が大嫌いな母は、与えられた自分の部屋に引きこもって、旦那に挨拶もしなければ会話も全くせず、テレビをひたすら見てはひとりごとを言っていたらしかったのです。

母の独り言は普通ではありません。本当に会話をしているように怒鳴ったりします。他人からしたら怖くてたまらないでしょう。気が狂っているとしか感じないはずです。

ストレスになった姉の旦那はもともと悪かった心臓が悪化、でもそんな事は母には関係ありません! ある日暑くてたまらない母はぶつぶつ文句を部屋で言っていたそうです。

母の声はとてもでかいので家中に丸聞こえです。でも本人は小さな声で話していたので聞き耳を立てなければ聞こえるわけがないというのです。

でも怒鳴り声なので当然聞こえます。母は頭が弱いのかなと思うくらい大きな声で文句を言いますからねぇ。

姉がブチ切れしてどうするか悩んでいた

geralt / Pixabay

姉の旦那の家は静かな家だったようで、とても穏やかな生活を送っていたためか、母のでかい独り言が怖くて仕方がなかったのでしょう。おそらく姉に「お母さん大丈夫?」とでも言ったのではないでしょうか。

姉は母の部屋に行って「なんの文句があるの!?」と言ったのかもしれません。母と言い合いになったのだそうですが、それを止めに入った旦那が「〇〇ちゃん、もういいよ! 行こう」と階下へ。

それは喧嘩しなくていいよ、という旦那の思いやりだったのかもしれませんが、母はそれを宣戦布告だと取ったのです。そういう人なのですね……。全てを悪意にしか取らない性格なのです。

もともと大嫌いだった娘の旦那がさらにキライになった母は、妹のところへ戻ろうとして戻っていったのです。ところが妹は一緒に暮らす事を拒否しました。

母としては最後の砦だった妹のところに戻れず、情けない気持ちで姉の家に戻って行きますが、それを哀れだと思った妹は自転車を子供に運転させ、車で母を送っていったのでした。

姉としてはメンツ丸つぶれです。この時姉は「交通事故にでもあって死ねば良かったのに」と言いました。その気持ちすごくわかります。そのくらい酷い人間だからです。

そこへたまたま「皆元気?」という電話をした私がいたわけです。姉としては私は苦労して病気になって治療のために高知県に来たのを知っていたので、私にだけは言うまいと思っていたようでした。

私の特技それは微妙な変化にすぐ気づく事

Wokandapix / Pixabay

悲しいかな私の特技は相手の微妙な変化がすぐにわかるところ。これ多分霊感みたいなもので子供のころからなんです。幽霊みたいなのも見るし声も聞こえたりします。多分天性のものなのだろう……。

それに気づいても言わなければ良かったけれど、たぶん神様が気づけとおっしゃったのだろう。あ! 違った、最初妹のところに電話をして母の事を聞いたんだった。

妹に聞いたら「ん~、元気だよ~」と言ったので、「代わって」と言ったら、実は今自分とは暮らしていなくて姉の家にいると言ったのです。以前から母と妹親子は折り合いが悪くて出て行ってもらったというのですね。

結局は姉のところに電話してみたら、すでにそこで母はまたしても問題を起こしていたというわけだったのでした。姉も妹もずっと母と暮らしてきたけれど、もう我慢の限界だったのでしょうね。

私はどうかというと、私は母と折り合いが悪かったのを知っていたのか、私の病気の事があったからか私には言わなかったのでした。でもこうなると殺人に発展しないとも限らないので呼びました。

母と私は水と油のように感じるかもしれませんが、私はものすごく辛抱強い性格(これが災いして鬱病に……)なのと、非常に強い性格とくどさを持っているので、母も私の家では傍若無人にできないのでした(笑)

で、今に至るというわけですね。でも私は毎月病院にも連れて行くし、貧乏だけどお小遣いもあげてます。自分の旦那の事もちゃんとに話をして納得していないかもしれないけど、嫌なら離婚していいよと言ってあるしw

今のところは普通に暮らせる感じにはなっています。まぁ来年は離婚しますし母が旅立てば娘との楽しい生活が送れるしで、良い事ばっかりかなと思っています。お金は頑張って働けばいいしね!

もう悩んだりせず突き進むだけです。でもこうなるまでには結構な時間と経験が必要でした。若い方には難しい問題です。だから座間市のような事件が起こるのかもしれませんね。

私の経験なんて大したもんじゃないけれど、少しでも役に立てる事ができるのなら、病気の事や生き方についてなどの私なりのエールを掲載できたらいいなと思います。見てくれたらありがたいですね。

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